【あれから13年】彼氏が死んだあの日の後悔を振り返ってみる

どうも*あかりんご(@akari_presents)です!

彼氏が死んだあの夏の日から、もう13年が経ちました。

今年の命日もお墓参りに行き、空を見上げると

13年前のあの日とまったく同じ晴天。

やたらと綺麗に見える青空。

時が経ち、私だけが生きている!と思い知らされる墓前。

あの頃と変わったのは、私の心です。

もう泣かない。心から「ありがとう」と、手を合わせる私がいます。

それは時間が解決してくれたからであって、当時は信じられないくらいの辛さと地獄でした。

当時を振り返り

【私の後悔】を綴ってみようと思います。

あの日の後悔【約束の時間】

彼が事故で死んだあの日。

私達は東京サマーランドで遊んだ後、隅田川の花火大会に行くはずでした。

彼は山梨在住で、私は東京在住。

待ち合わせは東京。

「サマーランドは開園と同時に行きたい!」と、私は言いました。

彼は朝早いのが苦手でした。

でも1日がかりのデートなんだから!朝から行くよー!と張り切っていた私。

寝坊しないようにと、彼は徹夜をしたそうです。

それに加え
山梨の甲府駅の前の通りは
信号がなく、早朝は車もほとんど通らない…

だから彼は止まらず突き抜けてしまった。

早朝じゃなければ
車通りがあり、絶対一時停止する場所なのに…

そしてトラックと出会い頭にぶつかる

悔しかったです。

なんで早朝に来いなんて言ったんだろう。

後悔しました。


きっと私だけじゃないんだろうなぁ。

大切な人を失った人は

少なからず後悔が生まれるものかと。

だって

まさか死んじゃうなんて、夢にも思わないじゃない?

だから
なにをどう頑張っても、最初は後悔が押し寄せてくるし

自分を責めてしまうと思うんですよね。

それでも、本当のところは誰にもわかりません。

朝早く集合じゃなかったら、死ななかったのか?
別の日だったら事故に合わなかったのか?
バイクで向かっていなかったら、軽い事故で済んだのでは?

もし◯◯なら…

無限大に湧いて出てくる考えです。

ですがあるのは
死んでしまったという現実だけ。

何をどう考えたって
現実は変わらないんです。

あの日の後悔【もっと声をかければよかった】

病室で彼を看取る時。

家族全員が集まっていて、お医者さんが

「声をかけてあげてください」と。

私は恐る恐る近付き、彼の名前を一度呼んだだけ。

それだけですぐに後ろに下がり、遠くから見てることしかできなかったんです。

だって、なんて言えばいいの!?

まさか死ぬなんて、夢にも思ってないのに永遠の別れの言葉を言う!?そんなの出来ないんですよね…。

半分パニックですし…。

「ありがとう」も「さようなら」も違う

「大好きだよ」も…

今こんなところで言うものじゃない!!!

その時はそう思いましたが、後から思えば
あの時こそ、言うべきだった

と、なんでもっと言葉で伝えなかったんだろう?と、後悔しました。
生きている時に聞く、最期の言葉を…

でもこれって
いつだって絶対、別れの時は言い足りないって思うだろうから

せめて普段から
「ありがとう」「ごめんね」「大好きだよ」
は、きちんと伝えていきたいですね。

後悔は教訓にするしかない

後悔といえばキリがないのかもしれませんが、後悔してもどうにもならないんです。

起きた現実は変わりませんから。

ただせめて【何かを変えたい】とするならば、
後悔を教訓にすること

これで未来は変えられます。

過去はぜっっっっっっったいに変えることができません。
だったら、いつまでも悔やんでいても仕方ないのです。
変えられることに集中していきましょう。

生きている限り、未来しかないのですから!

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